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日田市の「咸宜園」 筑後川流域で唯一の日本遺産に認定される
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    日田市の「咸宜園」 筑後川流域で唯一の日本遺産に認定される
     1》日本遺産とは
      424日、文化庁は全国各地の文化財の中から「日本遺産」の第1弾として18件を認定しました。
     九州では、太宰府と関連遺産、壱岐対馬と東アジアとの交流、相良人吉の歴史文化、「近世日本の教育遺産群」としての日田「咸宜園」の4件が認定されました。これは、筑後川流域では唯一の認定であり、早くも各地から多くの人々が咸宜園を訪れていますが、今後も一層の情報発信と対応の充実が求められています。ここで改めて日本遺産について紹介してみます。
     それは、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化、伝統を語るストーリーを日本遺産として認定するとともに、ストーリーを語る上で不可欠な魅力のある有形、無形の文化財群を地域が主体となり、整備・活用して国内外に発信することによって、地域全体の活性化を図ってゆくというものです。
    2》近世日本の教育遺産群とは
     今回は、茨城県水戸市・栃木県足利市・岡山県備前市・大分県日田市の4市で申請を行った、「近世日本の教育遺産群/学ぶ心・礼節の本源」が第1回認定案件として日本遺産に認定されました。そのストーリーとは、次のようなものです。
      我が国では、近世教育制度の導入前から、支配層である武士のみならず、多くの庶民も読み書き、算術ができ、礼儀正しさを身につけるなど、高い教育水準を示していました。これは、藩校や郷学、私塾など様々な階層を対象とした学校の普及による影響が大きく、明治維新以降のいち早い近代化の原動力となり現代も学問・教育に力を入れ、礼節を重んじる日本人の国民性として受け継がれています。
      次に4市の構成文化財を紹介します。
     茨城県水戸市/旧弘道館、偕楽園、大日本史 藩主、徳川斉昭が教育によって人心を安定させ国を興すために設立した日本最大規模の藩校で、その内容は他の藩校にも大きな影響を与えた。
     栃木県足利市/足利学校跡、国宝漢籍 宜教師フランシスコ・ザビエルが「日本国中最も大にして有名な坂東の大学」と称し、教えも多岐にわたり日本最古の総合大学と呼ぶにふさわしいもの。
    岡山県備前市/旧閑谷学校、熊沢蕃山宅跡 藩主池田光政が、庶民の教育も不可欠と考え創った学校で、日本最古の庶民教育学校と呼べるもので、他領からも多くの生徒が集った。
    大分県日田市/咸宜園跡、広瀬淡窓旧宅及び墓、長福寺本堂 江戸期最大規模の私塾。身分、年齢、学歴を問わず広く全国から生徒が集った。
    3》日田市咸宜園のストーリー構成文化財
     幕府の西国筋郡代が置かれた豊後日田では、町人を中心とした自由な風土が育まれ、広瀬淡窓が咸宜園という私塾を創設しました。咸宜園では、身分や年齢、学歴という制限のない自由な校風の中で、塾生に自治をまかせ、実力を客観的に評価した「月旦評」など特色ある教育が全国的な評判となり、各地の私塾に影響を与えるとともに、全国60カ国以上から5千人を超える門下生を集め、江戸期全国最大規模の私塾となりました。咸宜園に隣接した豆田町は、塾生に住居を提供するなど様々な支援を行い、咸宜園と共生した町並みが今も残っています。
     また、広瀬淡窓の人間形成に大きな影響を与え、種々の関係資料が残る旧宅や、最初に塾を開いた長福寺の本堂と咸宜園の前身である桂林園跡等の遺産も認定されています。
     将来的には、各4市の遺産を連携して文化、教育、観光などの分野での一層の交流を図り、「世界遺産」登録に向けて前進してゆくことが望まれています。
    (記事:筑後川まるごと博物館 副館長 成毛 克美)
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    | news-ccrn | 筑後川流域の歴史 | 00:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    筑後川中流域の遺産 国連食糧農業機関(FAO)の「世界農業遺産」認定へむけて
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      筑後川中流域の遺産
      国連食糧農業機関(FAO)の「世界農業遺産」認定へむけて

      2014年8月11日筑後川新聞90号寄稿 平田昌之

       筑後川中流域には江戸時代から続く伝統的水利施設が数多くあります。  この先人達が残した歴史・文化遺産を守り、先人達の偉業を後世へ伝えようと、国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産認定へむけての取り組みがなされています。  朝倉市、うきは市、筑前町、大刀洗町、東峰村の2市2町1村で組織する民間団体の「筑後川中流域世界農業遺産登録推進協議会」です。  筑後川中流域の遺産にどのようなものがあるか、世界農業遺産とはどのようなものかを紹介します。

      先人たちが残した遺産には

      筑後川中流域の遺産には江戸時代に造られた袋野堰 大石堰、大石・長野水水道、水刎(みずはね)、長野堰、角間天秤 山田堰、堀川用水、三連水車などの水車群 床島堰(恵利堰・佐田堰)、床島用水路(江戸水道)などがあります。

      世界農業遺産とは

       世界重要農業資産システム(GIAHS)のことで、国連食糧農業機関(FAO)が認定します。地域環境を活かした伝統的農業法と農業によって育まれ、維持されてきた、土地利用(ため池、農地、水利施設など)のシステムやそれを取り巻く生物多様性の保全をし、次世代へ継承する目的で2002年に創設されました。  国内の世界農業遺産は、トキと共生する佐渡の里山 能登の里山里海 静岡の茶草場(ちゃぐさば)農法 国東半島宇佐の農林漁業循環システム 阿蘇の草原と持続的農業の5件が認定されています。

      世界農業遺産に認定されると

       観光振興による活性化 世界農業遺産地で獲れた農産物というブランド化による農業振興 住民が地域の魅力を再発見し、誇りを持って地域の魅力向上へ向けての活動や保全意識の高まりなどが期待されます。

       

       この度、山田堰土地改良区は「かんがい施設遺産」認定の申請をしました。  インド・ニューデリーに本部を持つNGOの国際かんがい排水委員会(ICID)は、かんがいの歴史・発展を明らかにし、理解醸成を図るとともに、かんがい施設の適切な保全に資することを目的して、「かんがい施設遺産」の認定を今年からはじめました。  遺産に該当するものが100年以上の歴史を持った水路や古い水車、堰などの伝統的な水利施設で、農業・農村の発展や食糧増産などに寄与したものであることの条件が、山田堰、堀川用水路、三連水車にぴったりなのです。かんがい施設遺産に認定されれば、世界農業遺産への活動にも弾みがつきます。国内初の認定がされることを期待したいものです。  先人達が残した歴史・文化遺産を守り、先人達の偉業を後世へ伝えていきましょう。

      江戸時代に造られた日本で今も 遺る唯一の石畳堰、山田堰

      堀川用水の水を更に高いところへ上げる先 人達の知恵、三連水車(写真はライトアップ)

      五庄屋ものがたりの大石堰  昭和28年の水害で崩壊

      〈恵利堰〉恵利堰・床島堰・佐田堰の総称を床島堰という。

      〈現在の袋野堰〉 夜明けダムができ水没。現在の取水口。
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      黒田官兵衛がもっとも信頼した家臣、栗山備後利安の法要
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        黒田官兵衛がもっとも信頼した家臣
        栗山備後利安の法要
        2014年8月14日 朝倉市杷木町
        左右良城の城主だった栗山備後利安は、主君官兵衛(如水)の菩提を弔うため慶長9年に朝倉市杷木志波に寺を建立した。如水の法名龍光院殿如水円清大居士からとって龍光山円清寺と名付けられた。このたび檀家や関係者が参列し、栗山利安の384回忌法要がおこなわれた。(平田昌之)
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        五庄屋の偉業を讃えよう!大石・長野水道開削から350年
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          五庄屋の偉業を讃えよう!
            大石・長野水道開削から350年

          2014年6月12日筑後川新聞89号寄稿 平田昌之

           緑豊かな筑後平野を流れる筑後川。川沿いにうきは市江南地区がある。今は豊かな穀倉地帯となっているが、350年前は筑後川に沿う広い平野でありながら灌漑水利が悪く、干ばつと洪水の繰り返しで、荒廃の激しい地域であった。
           寛文3年(1663年)に大干ばつがあり、飢饉に見舞われ、餓死する者や村を離れるものが増え、村の存亡の危機にさらされていた。この惨状を何とかしようと山下助佐衛門、本松平衛門、栗林次兵衛、猪山作之丞、重富平左衛門の5人の庄屋が立ち上がった。大石長野水道の開削を計画し、命にかえても成功させることを誓い血判をして久留米藩に申し出てた。 命を賭けた5人の庄屋の行動が、藩を動かし、農民の心も動かし一つになって工事に取り組んだ。 筑後川の大石堰から取水口として、3km
          下流の長野までの水路を作る工事を、 寛文4年(1664年)2ヶ月で完成沙せた。その後、水路開発が進み、水路総延長は148kmに広がり、筑後平野を筑後川流域有数の豊かな穀倉地帯へ変えた。            、
           明治になって長野水神社が建てられ、5人の庄屋は神として祀られた。先人達の偉業を讃えるために毎年4月8日に祭が 行われている。今年は大石・長野水道開削350年にあたり、4月6日に長野水神社では350年祭が開催され、5月2日には江南地区でも350年式典が持たれた。
           筑後川中流域には、大石堰、山田堰、袋野堰、床島堰の4大井堰がある。このような流域に残る農業遺産を、世界農業遺産登録しようという動きがある。成功させたい。先人達の知恵と労苦を結集したこのすばらしい農業遺産を後世へぜひとも伝えていかなければならない。
          写真…耕鄂綽声劼惴かう神官たち
          巫女の奉納舞
          ミュージカル「五庄屋物語」を演じる江南小の生徒たち
          い椶らは江南を忘れない
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          斉明天皇ゆかりの地を歩く!
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            2011年57日 福岡県朝倉市

            朝倉市民祭「花の邪馬台国まつり」が甘木公園でおこなわれた。今年は、朝倉宮を造営した斉明天皇の没後1350年にあたるため、特別企画として「朝倉路の斉明天皇ゆかりの地を歩くツアー」と記念講演会を実施した。
            ツアーで現地を歩いて
            きた参加者は、小田和利さん(九州歴史資料館学芸室長)の講演を聞き、「朝倉宮は間違いなく朝倉の地にあったのだと確信しました」と感想を述べていた。
            (記事、写真:平田昌之・筑後川まるごと博物館)
            写真:麻底良山を望む


            | news-ccrn | 筑後川流域の歴史 | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            佐野常民記念公園の歴史と世界遺産フェア開催
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              2010年12月8日 佐賀県佐賀市 

               筑後川の支流、早津江川の右岸に佐野記念公園が6年前に開園しました。この公園は、幕末から明治にかけて、日本の発展に大きな貢献をした「佐賀の七賢人」の1人である佐野常民を顕彰した“佐野常民記念館”と、日本海軍発祥の地といわれている三重津海軍所跡の“歴史公園”からなっています。
               常民は日本赤十字社の創設者として知られていますが、他にも政治・産業・科学・芸術文化と、多彩な功績を残しています。そんな常民が監督(所長)を務めたのが「三重津海軍所」でした。当時の佐賀藩は、鎖国中の日本で唯一海外に開かれていた長崎の警備を、福岡藩と共に命じられていました。
               しかし、19世紀初頭、イギリス、ロシア、アメリカ等諸外国の開国要求が高まった事もあり、他藩に先がけ、洋式大砲や蒸気船の開発・訓練に励みました。佐賀藩は4つの施設を造りましたが、それは鉄製大砲の鋳造に成功した「築地反射炉」、ペリー来航後、幕府から注文を受けて大砲を作った「多布施反射炉」、火薬、医薬、電信機、蒸気機関車など、日本最新理科学研究を行った「精煉方」、若い海軍兵士の訓練や、日本初の実用蒸気船を建造した「三重津海軍所」です。この内、三重津海軍所跡が「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして、世界遺産暫定一覧表に登録され注目されています。
               先日10月24日に公園内で「世界遺産フェア」が開催され、多くの参加者で賑わいました。筑後川の恩恵を受けたこの地から、世界遺産が誕生することを願っています。
               佐野常民記念館では年間を通じて、子供から大人まで楽しめる多くのイベントを展開しています。また、久留米や大川から水路で筑後川や早津江川の干満を味わうクルーズを実現したいと考えております。皆様のご来館を心からお待ちしております。
              (記事投稿、写真:江口善己館長)
              佐野常民記念館
              佐野常民記念館
              三重津海軍所
              三重津海軍所
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              | news-ccrn | 筑後川流域の歴史 | 11:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              写真で見る昭和橋の歴史
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                平成22年6月、朝倉市杷木とうきは市浮羽町を結ぶ新昭和橋が開通した。
                ・1929年に架設された旧昭和橋は81年の仕事を終え引退。1973年に添加された歩道橋とともに取り壊される。
                地域で親しまれた鉄橋・昭和橋の歴史をひもといてみた。

                ●昔、筑後川は物資輸送の大動脈であった。
                上流の山林で伐採された木材は日田で筏に組まれ、下流の久留米や大川に運ばれた。 
                筏流しは五庄屋で有名な大石堰の急流を下ってすぐのところにある杷木舟場(渡し場)に着き筏を連結したり、休憩をした。
                筏流し(写真1)は、江戸時代から昭和の初期にかけて行われていた。
                杷木渡舟場から浮羽町古川への往来は渡し舟が利用されていたが、大正末には舟を並べてその上に橋を渡した「浮き橋」(写真2)が利用されるようになった。
                1929年(昭和4年)に杷木船場のすぐ側に昭和橋(写真3架橋工事)が架橋された。
                1953年(昭和28年)6月25日〜29日における集中豪雨による西日本水害時、昭和橋を洪水が越した。(写真4)   
                1937年(昭和48年)歩道橋(写真5)が添加される。
                1954年(昭和29年)夜明けダム完成により木材運搬は陸上運搬に変わり、筏流しは終わる。
                2010年に新昭和橋(写真6)が完成。旧昭和橋から朝倉・うきは両市の物資輸送や人々の交流などの任務を受け継ぐ。
                (写真、記事:m-hirata・筑後川まるごと博物館運営委員会学芸員)
                昭和橋の架橋工事(写真3)
                昭和橋
                歩道橋が完成(写真5)
                昭和橋
                新昭和橋が完成(写真6)
                新昭和橋
                | news-ccrn | 筑後川流域の歴史 | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                秋月の武家屋敷「旧田代家住宅」を復元
                0
                  2010年6月1日 朝倉市秋月

                  秋月藩の上級武家屋敷「旧田代家住宅」が復元された。田代家は秋月藩成立時の家老を務めた家柄。母屋・土蔵・門・土塀・庭園の江戸後期の武家屋敷としての要素がすべて残っている。当時の武士の生活様式がうかがえる。6月1日より一般公開(入場無料)された。
                  (写真、記事:m-hirata・筑後川まるごと博物館運営委員会学芸員)
                  旧田代家住宅復元
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                  筑後川流域の歴史を知ろう「江戸、明治時代」
                  0
                    2010年1月31日  久留米市 筑後川発見館くるめウス

                    筑後川まるごと博物館では。筑後川流域の歴史講座を毎年この時期に筑後川発見館くるめウスで行っています。
                     筑後川中流域は江戸時代に4大井堰が農民の労苦によって完成し、現在の九州一の農業地帯の基礎が作られた。また様々な伝統産業(酒、久留米絣、仏壇、石灯篭、瓦…)も盛んとなり今があることを筑後川まるごと博物館歴史部会の羽田学芸員が解説した。
                    (記事、写真:nbt)
                    なんでも歴史羽田江戸明治

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                    | news-ccrn | 筑後川流域の歴史 | 15:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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