blog筑後川新聞

blogで筑後川流域の最新情報発信中!
●筑後川新聞(paper版)は隔月、年間6回25,000部発行。流域関係自治体、協力企業、筑後川流域連携倶楽部会員等へお届けしています。
NPO法人筑後川流域連携倶楽部会員を募集中です。
●広告掲載も受け付けています。お申込みは下記までお問合せをお願いします。
●発行元:NPO法人 筑後川流域連携倶楽部
TEL:0942-33-2121 FAX:0942-33-2125
<< 高良山キノコ観察とキノコ汁会 | main | 「次郎三郎が坂東太郎・利根川を訪問」<筑紫次郎・四国三郎の縁むすび交流> >>
矢部川紀行(連載4)
0
    矢部川下流域
     南筑後の田園地帯を流れ下り、緩やかになった矢部川は、千間土居から船小屋の中の島公園を過ぎ、松原堰で柳川の掘割に水を供給する沖端川を分流した後、瀬高堰に至る。瀬高堰は有明海の潮の遡上を止める堰で、これより下流は有明海の干満の影響を受ける感潮河川となり、熊本県境の山間からみやま市中を流れてきた飯江川、楠田川を合せて有明海に出る。
     中の島公園あたりから矢部川は左岸にみやま市、右岸に柳川市に広がる田園地帯の中を大きく蛇行しながら緩やかに流れる。この蛇行した河川景観を楽しみたい方は船小屋の中の島公園から左岸を下り、耕作橋を右岸に渡り、右岸を川沿いに筑後川河川事務所矢部川出張所の横から瀬高堰を通り、中島漁港あたりまでのドライブをお勧めしたい。ただし土手の道路は狭いので小型車が望ましい。
     松原堰の右岸一帯に整備中の筑後広域公園や公園から望む景観も素晴らしい。中島漁港あたりから河岸には無数の漁船が係留されており、漁船の列を眺めながら河口に向かって進むと、両岸に広大な大和干拓地が広がり、更に堤防の道を行くと先端部の大和干拓記念碑にたどりつく。ここからは眼前に有明海と多良岳や雲仙岳の雄大な景観が楽しめる。
     有明海の大きな干満差を利用した干拓は特に江戸期に発展し、開と付いた地名や堤防跡に曲線状に民家が立ち並ぶ集落や魚鱗状の地形など干拓地ならではの景観である。松原堰から分流した沖端川は柳川の北、沖端漁港、西側の縁を通り有明海に注ぐ。沖端川の途中から二ツ川が分流し矢部川の水を掘割に引く取水路となり、沖端漁港と沖端川は掘割の排水路の機能を果たす。掘割は柳川のまちの始まり、発展の礎であり、掘割なくして柳川は語れない。柳川の人々の日々の生活から祭り、町おこしの全てが掘割に支えられていると言っても過言ではない。
     季節により景色を変える掘割の川下り、今も町中に残る古い武家屋敷、北原白秋生家、掘割の水辺や水循環の工夫など柳川市内は見どころいっぱいである。
     ところで柳川の掘割や有明海の干拓地は矢部川の水の終点である。矢部の源流から流れ出し、三ヶ名廻水路などの廻水路を経て下流にとどいた矢部川の水は松原堰から沖端川、二ツ川を経て柳川の掘割にたどりつき、川の旅を終える。また掘割の水は沖端漁港から沖端川を経て、有明海の干満を利用しながら排水される。 遠く江戸期に完成を見たこの導水システムと排水システムは矢部川の誇るべき歴史遺産であり、この矢部川の水の物語はこれからも後世に語り継ぐべき貴重な歴史だと思う。
    筑後川新聞第56号掲載(2008.12.03)
    (記事、写真:矢部川をつなぐ会事務局長・大隈正登)
    | news-ccrn | 矢部川紀行 | 11:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









    http://news.ccrn.jp/trackback/983407
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << January 2018 >>
    + SELECTED ENTRIES
    + RECENT COMMENTS
    • 親子で実験、不思議な石けんの力を探る(ちくご川キッズ探検隊)
      下津浦潔子 (12/26)
    + RECENT TRACKBACK
    + CATEGORIES
    + ARCHIVES
    + 筑後川はどこにある?
    + でんき予報
    + MOBILE
    qrcode
    + LINKS
    + PROFILE